最近、小岩にもいろいろな店が出来てきた。
今いる喫茶店もその一つ、駅に近い場所にあるのはよい。
ここのそばにももう一軒喫茶店ができた。
今日は、土曜日、二人が頼ることの出来るものを探そうと話した。
毎日、洗ってあるタオルをもらうという行為はうれしい。
何か、大事にされている気分がある。
このようなプロセスの経験をブログなどにまとめて提供すれば助けられる人も
いるのではないかと思う。
最近、小岩にもいろいろな店が出来てきた。
今いる喫茶店もその一つ、駅に近い場所にあるのはよい。
ここのそばにももう一軒喫茶店ができた。
今日は、土曜日、二人が頼ることの出来るものを探そうと話した。
毎日、洗ってあるタオルをもらうという行為はうれしい。
何か、大事にされている気分がある。
このようなプロセスの経験をブログなどにまとめて提供すれば助けられる人も
いるのではないかと思う。
自分の認知の仕方についての認知行動療法のカウンセリングを受けているが
この経験は、今後の情報デザイン業務の中でいかすことはできるのではないか。
結局のところ使いやすさというのは、各人が自己意識内に持っている認知と
提供されるインターフェースは合致したときに迷いがなく使えるというこに
なる。
後は、その提供されるサービス/コンテンツに対して、共感性を軸にした楽しさが
あればユーザーは継続的に利用すると考えられる。
そのような視点にたてば、インターフェースに気をてらったものを使用するという
のは非常にナンセンスであり、つかいなれたものと同様にすべきである。
その中で、認知の断絶を創りだしたい特定の個所ににのみギミックとなるインター
フェースを採用する。